多久聖廟は1708年に多久領4代領主多久茂文(たくしげふみ)公の志で創建され、それに先立つ9年前の1699年には学問所が設けられています。その後に東原庠舎となり、武士のみならず百姓町人も、学ぶ志あれば入門できる学舎で人材を輩出しました。
その一人が「肥前の炭鉱王」高取伊好(たかとりこれよし)翁です。翁は1924(大正13)年に当時貴重な図書館を多久村に寄贈されました。
伊好翁が慶應義塾時代や事業経営時代に出会った人物に三菱財閥幹部の荘田平五郎(しょうだへいごろう)氏がおられます。同氏は郷里の臼杵に図書館を寄贈されています。敬愛する先輩の徳行実践と実物の図書館を見て、高取翁は郷里多久への図書館寄贈を発意されたことが日記に記されています。
今は存在しませんが、西渓公園に佇んでいた図書館は洋館風の瀟洒(しょうしゃ)で美しい建物でした。
高取翁寄贈の図書館に通い、書籍を読み、歴史を学ぶ人の中に作家の滝口康彦(たきぐちやすひこ)氏がおられます。多久在住で、6度の直木賞候補になられました。歴史書にある小さな史実に着想のヒントを求められたのでしょう。歴史の荒波の中、懸命に生き、家族を養い、武士の体面も保ちつつ、難題に応じる侍。そこに息づく喜怒哀楽や人としての生きざま、理不尽さにも闘いながら努め抜く歳月。その人間模様を時代小説に映した作品が光ります。
奇しくも重なった図書館創立(3/28)と滝口康彦生誕(3/13)という2つの百周年記念。滝口作品の『異聞浪人記』が原作の映画「切腹」上映会と主演の仲代達矢(なかだいたつや)氏トークが叶いました。語りの中で「役者という真剣勝負の日々」という仲代氏の含蓄ある言葉が印象深く、執筆に没頭された滝口先生の奮闘を讃えるように響きました。
桜花爛漫の春を祈ります。