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佐賀県農林水産物初!「女山大根」がGI登録されました。

印刷 文字を大きくして印刷 更新日:2022年7月15日更新
<外部リンク>

 令和4年6月29日、佐賀県多久市西多久町内で栽培されている「女山大根(おんなやまだいこん)」が、農林水産物や食品を地域ブランドとして保護する国の地理的表示(GI)保護制度に登録されました。佐賀県内の農林水産物では初めての登録になります。

地理的表示(GI)保護制度とは

 地域で育まれた伝統と品質等の特性が産地と結びついている産品を知的財産として保護する制度です。登録された産品は、地理的表示とともにGIマークの使用が認められます。

GIマーク

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/index.html<外部リンク> 農林水産省HP「地理的表示保護制度(GI)」

 

登録番号 第121号 女山大根

女山大根写真

女山大根ポスター

生産地

佐賀県多久市西多久町

登録生産者団体

幡船の里(ばんせんのさと)運営協議会

http://nishitaku.wixsite.com/bansen-no-sato<外部リンク> 幡船の里HP

特性

 アントシアニンを含む、美しい赤紫色をした赤首大根で、成長すると4キロから5キロになり大きいものは10キロを超えるが肉質は緻密で「す」が入りにくく、一般の青首大根に比べて糖度が高く、特徴的な色と煮崩れしにくい特徴から、煮物のほか汁物や和え物など料理の具材として珍重されています。

地域との結び付き

 「女山大根」の主な生産地は八幡岳(はちまんだけ)、女山(おんなやま)、徳連岳(とくれんだけ)に囲まれた盆地に位置し、一級河川である牛津川の源流が流れており水の確保が容易で、八幡岳の玄武岩の転石が堆積してできた土壌は、水はけが良く、過湿を嫌い根が非常に深く伸びる大根の生育に適しています。

  江戸時代から栽培されていた「女山大根」は、当時、この地域を支配していた多久家領主から佐賀藩主鍋島家への献上品として扱われており、安定した収量を確保する必要があったことから、牛津川の源流が流れる西多久町の女山一帯で栽培されていたことが「女山大根」の名前の由来です。

歴史と現在

 「女山大根」は、250年以上前から栽培されていたとされ、江戸時代の多久地域を記録した文献「丹邱邑誌(たんきゅうゆうし)」(1847年)に登場し、多久出身の儒学者草場佩川(くさばはいせん)は、詩や絵に好んで取り上げています。また、110年前に「女山大根」の品評会を実施していた記録が残っています。

 「女山大根」は、大きすぎて市場の規格に合わず、市外に出回ることがなかったため、自家用としてわずかに栽培されるのみで、自家採種を繰り返していくうちに、ほかの大根と混ざり合い、在来種本来の色や形は次第に失われたこともあり、昭和初期にはミカン等への転換によって一時消滅しかけました。

 しかし、ほかでは見られない在来の珍しい大根を地域の特産品として見直す機運が高まり、昭和60年代から佐賀県佐城農業振興センターや多久市が一体となり産地復興に取り組み始め、地域にわずかに残っていた種子を、佐賀県の農業試験研究センターに持ち込み、10年近くかけて交配、選抜を繰り返して本来の姿・形を復活させることに成功しました。

 平成7年にオープンした地域農産物直売所の目玉産品として生産振興を図り、産地復興当時は2~3名の生産者による1tにも満たない生産でしたが、令和2年現在は約30名の生産者が約10tを生産しています。

 出荷時期(12月中旬から2月下旬まで)には、学校給食センターのメニューに登場するほか、平成19年からは、消費者との交流を目的とした「女山大根」まつりを開催しています。品評会も復活し、さらなる品質の向上に努めることで、地域外の消費者にも徐々にその人気が広がっています。

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/220629_9.html<外部リンク> 農林水産省HP「登録産品一覧(第121号~)」

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/220629_8.html<外部リンク> 農林水産省HP「登録の公示(登録番号第121号)」

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/220629.html<外部リンク> 農林水産省HP「登録産品紹介(登録番号第121号)」