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多久市人権だより(4月号)

印刷 文字を大きくして印刷 更新日:2021年4月1日更新
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同和問題を学ぼう 歴史を知る(中世~江戸)

1 近年、同和問題を知らない人が増えた?

 今から、約50年前の1970年代後半~80年代前半以降、学校で人権教育が広く行われるようになったので同和問題を学んだと言う人は多いでしょう。その後、同和対策事業に関する法律が終了した2002年以降、人権教育で内容は広がり多くの人権問題を考えるようになりましたが、同和問題を知らないという人が増えてきました。

2 同和問題を知らないとどうなる?

 今も同和問題が存在し、現代の大きな社会問題の一つとなっています。そうした中、児童や生徒たちが家庭や学校などにおいて、家族や友人との会話の中で同和地区に対する誤解や偏見に根差した発言に接することもあるでしょう。
 同和問題に関する正しい知識を持たなければ、それらの誤解や偏見を批判することができないし、それどころか、それらの誤った情報をたやすく受け入れてしまうかもしれません。誤った情報を広げる事にも加担し、差別する側になるということです。

3 差別意識は、中世(鎌倉・室町時代)の頃には、すでに存在した。

  人々の中には、特定の職能を持つ人たちへの死や血に対する「ケガレ*」観と結びついた社会的差別があったと考えられています。しかし、差別されていた人たちは、制度的に低い身分として固定されていたものではなく、むしろ、社会にとって必要な新しい産業や芸術の発達を担っていた人たちが数多くみられました。
その後、戦国時代から江戸時代の中頃の幕藩体制の下でさまざまな法令を通して、武士を中心にした支配体制を維持するために身分制度が完成していきます。それに伴い、差別が制度化、固定化されていったと考えられます。
差別された人々は、地域によって様々な呼び名がありますが、どこの地域でも、社会的に必要な仕事や役割・文化を担っていました。こうした中で、経済的に裕福になる人も現れましたが、江戸時代中期から幕府や藩が出すお触れなどによって、百姓や町人とは別の身分として位置づけられ、差別はさらに強化されていきました。

*  天変地異・死・出血・火事・犯罪など、通常の状態に変化をもたらすできごとにかかわることを「ケガレ」と言いました。

4 武士を中心とした身分制度が強化されていく

  中世の被差別民の一部から、身分が支配されていく中で編成されたものが、近世社会における被差別身分として成立していくことになります。江戸幕府の支配体制は、「身分制」に基づくものでしたが、次第に身分制度を強化する施策をとるようになりました。

~身分制社会での暮らし -被差別身分の担った役目―~

 幕府は、豊臣秀吉のときに行われた兵農分離をさらに進め、17~18世紀にかけて武士と百姓・町人を区別する制度をかためていきました。この過程で、百姓や町人に組み入れられなかった一部の人々は差別されることになりました。
(「社会科 中学生の歴史」帝国書院 P116)

  【士農工商という身分制度は、なかった!】

  座談会などで江戸時代の身分制度について話をすると、「士農工商のことだろう」と言う人が少なくありません。平成12年(2000年)までの学校教育で学習した人たちは、「江戸時代は士農工商の身分制度があった」と教えてもらったからです。
 現在は、研究が進み身分制度については、支配者としての武士と、百姓・町人という被支配者の間には大きな一線が存在していましたが、百姓と町人との間は流動的で、農・工・商にあたる百姓・職人・商人などの間の身分的な上下関係は、なかったと言われています。

Q 「同和問題(部落差別)のことは口に出さないで、そっとしておけば、差別は自然になくなると思うが、…?」

A  今もある差別を「教えない、知らせない」ということは、差別されている人たちは我慢しなさいと言うことでしょうか。差別があっても「事実を教えない・知らせない」で、差別が自然になくなるというのでしょうか。このような考えが誤りであることは、今までそっとしておいてもなくならなかった歴史的事実・背景があります。
正しい歴史的な認識や人権意識を持っているなら、差別や偏見に対して「それはおかしい」と批判できるでしょう。正しく知って、他人事としてではなく、自分の事として考えていくことが大切ではないでしょうか。

【出典】はじめてみよう! これからの部落問題学習(解放出版社 2017年3月)
     あなたの人権 わたしの人権(佐賀県教育委員会 2004年3月)
     部落史を見直そう(Q&A集) 佐賀県人権・同和教育研究会